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弥山倶楽部 2008年の資料
お知らせ
事務所移転に伴い、HPのアドレスが変更になります。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~studio-takao/
新事務所は、常駐をしていませんので
ご来社の時は、必ず連絡をしてください。
メールアドレスも変更になっていますのでご注意ください。
takao@kch.biglobe.ne.jp
宮島弥山倶楽部のHPのアドレスは変更ありませんので
今まで通り見ていただくことは出来ます。
お急ぎの方は、携帯メール・携帯電話を使って連絡をください。
広島市中区南竹屋町6-10メゾン南竹屋1F
MAPここをクリック
takao TOPページはここから
takaoNEWSはここから
リンク
興味のある名称をクリックすると、ホームページにリンクされているか、何らかの情報が入っています。ためしにクリックしてみてください。
宮島弥山倶楽部の地元メンバー店 紹介はここをクリック下さい
以前NEWS 現在進行形miyajima
以前、このコーナーで紹介した記事はここをクリックすると出てきます。
結構参考になります。覗いてみてください
文字の下に横線がある場合
クリックすると詳しく記載・拡大等をしたページにつながっています
ためしに、クリックしてみてください。
宮島MAPここをクリック

うわさの観音像
あなたにとって、頭はどれに見えますか。
4パターンの見方があるようです。
ご意見をお待ちしています。
English
Here
気になる、船・ロープウェー時刻表
ファーストビーチ(広島・宇品--プリンスホテル--宮島)高速艇 
松大船(宮島口---宮島)フェリー
JR船(宮島口---宮島)フェリー 
JR・新幹線
宮島ロープウェー 
宮島口の駐車場の場所地図じゃここをクリックすると見れます。USACOさんのHP。
予定
弥山登山
登山ルート未定ですが、初心者対象です
式典があるそうなので、まず登山をして式典に参加したいと思います。
参加希望の方は、お知らせください・
集合時間:8時20分
集合場所:宮島口松大船乗船口
参加費:500円 一般700円
持参品:杖・タオル・弁当・水分・着替え・おやつ・MAP
最近、山中の仏様にお賽銭を置いておかれる方が増えました。
大きいお金は、賽銭泥棒が持って行ってしまい、1円玉だけが散乱している場所もあります。
今回、掃除をした後、お賽銭を集めてお寺に持参したいと思います。
10月23日(木)
白糸川緊急砂防工事
宮島歩道災害復旧工事
完成式典
日時:平成20年10月23日(木)
受付 午後1時30分
式典 午後2時より
場所:廿日市市宮島町滝町 滝町公園
藤田知事も参加とか
宮島弥山倶楽部主催
第一回 平和祈念チャリティコンサート
2008年10月15日(水)
場所:アステールプラザ 中ホール
17:00 開場 17:30 開演 20:00終了
入場料:995円

収益金の一部を「みんなきんさいヒューマンビーチ長瀬!!実行委員会」へ寄付をさせて頂きます。
募集
応援スタッフ(準備・当日受付)
ありがとうございました。皆様のご支援を頂き順調に準備が出来ています。
支援金を頂いた皆様のお名前を当日のチラシに掲載しますが、9月28日以降に頂いた皆様については
印刷の都合で、掲載出来ませんことをご承知ください。
四之宮ルートはここをクリックすると見れます
結局、どうなった?



このルートは弥山へ直接登れる最短距離のため、地元をはじめトレッキング・登山を楽しむ人たちには
通常使われています。
ただ、整備がされていないので、一般の観光客が登れるようなルートではありません。
石段のない尾根道なので、乾燥した道はすべりやすく、特に下りは杖がないと危ない道です。
上りは、尾根へ出るまではかなり急勾配で道なき道を登る感覚です。
特に、最近は野に戻った鹿が下草を食べつくすため、どこでも道に見えてしますので
初心者は、下りで道に迷う可能性があります。


別の情報 頂いた写真

四之宮ルートの入り口 奥の木にも赤いペンキが見える(藤原 13日撮影)

ぎゃらりぃ 宮郷 情報

問い合わせは 宮島観光協会(0829-44-2011) 詳しくはここをクリック、宮島観光協会
10月の宮島の行事
10月12日(日)
受付:午前9時〜11時
第85回 宮島写生大会
受付場所:宮島桟橋前広場
(社)宮島観光協会
世界遺産宮島を描こう! 宮島町内の史跡・名勝などテーマは自由です。
0829-44-2011
10月13日(月/祝)
午後6時30分開演
友枝昭世 厳島観月能
厳島神社 能舞台
7/16(水)から発売開始予定
演 目: 舞囃子 「高砂」 / 能 「枕慈童」
出 演: シテ 友枝昭世 / ワキ 森常好ほか入場券: S席15,000円/A席12,000円/B席10,000円/C席7,000円
中国新聞社読者広報センター
082-236-2455 ほか
10月15日(水)
午後5時から
菊花祭 =舞楽奉奏=
厳島神社 高舞台
厳島神社
祭典後,舞楽が十曲奉奏されます
0829-44-2020
10月23日(木)
午前10時
三翁神社祭 =舞楽奉奏=
三翁神社・厳島神社
祭典中、舞楽奉奏。見学自由
0829-44-2020
10月25日(土) から11月24日(振休)
開館時間 午前9時から午後4時まで
厳島神社 秋の名品展 厳島神社 宝物収蔵庫
厳島神社
入館料:大人 1,000円 / 高校生 500円 /小中学生 300円会期中は休館なし
0829-44-2020
10月31日(金)
献茶祭
厳島神社 能舞台
厳島神社
裏千家家元が御祭神にお茶を献上
0829-44-2020

10月5日 雨の弥山
くじら岩から、御山神社方向に向った。
御山神社は画面の外、左側。
晴れた日の弥山もすばらしいですが
霧雨のような雨の中、誰もいない山中を歩くのもすばらしいです。
足元に気をつけること。
カッパなどを着ていると、少し休むと下界とは6度くらい気温が低いので
かなり寒く感じます。
着替えを持って行くのも一計。
特に下山道は滑りやすいので、杖は必需品。
滑ったときは、相手は岩ですから、骨折しないようにうまく転んでください。
弥山本堂にある、ねがい地蔵も好評です。
ねがい地蔵・ごめんね地蔵も数が少なくなってきました。
次のお地蔵様が来られるまで少し時間をください。
作家の方が一体一体心を込めて手づくりされていますので
たくさんのお地蔵様は来れません。
宮島弥山倶楽部のメンバー 森脇さんのHPから
桟橋をおりて杉の浦(包ヶ浦)方面へは、海岸線沿いに幅の広い道路が通っています。
今は当たり前のように通っている海岸線沿い道路ですが、昔は山を抜ける道しかなかったとか・・・・
今でいう、うぐいす道から杉の浦へと抜ける山道の初めと終わりに石畳がある。
私達は普段、近道として使っていて、木々の間を縫うように通っている道です。
お散歩コースには気持ちよいのですが・・・・
車で通ると、石畳にさしかかるとガタンガタンとうるさくわずらわしさを感じます。
しかしこの道は、包ヶ浦火薬庫、鷹巣砲台築造地に通じる軍用道路で
明治30年に築造されたものだという。
今では、数少ない昔の名残のある道路です。
普段なにげなく通っている道路にも歴史があるんだな〜
ねがい地蔵・ごめんね地蔵開眼法要
高さは 10cm程度
弥山で自分の願いや懺悔の気持ちを込めた地蔵様を弥山本堂へ置いていただけるようになります。
2体を求めていただき、一体は弥山本堂へ・・・・時々会いに行けます。
一体は自宅の玄関へ・・・毎日「行ってきます」「ただいま」と声をかける。
良いですね.
手づくりの作品なので表情が違います。
ただいま、写真のようなふたつのパターを製作中!!
数珠は別売りですが5色(赤・白・黄・青・緑)用意します。
地蔵様 1体 1500円 数珠 1個 300円
(料金の中に、大聖院で祈祷していただいた金額も含まれています。)
10月4日より価格変更がありました。
このお地蔵さまは、松江市宍道町にある石材の産地、来待石(きまちいし)の作家、井上幸子さんの作です。
思ったよりも重量感のあるお地蔵様です。
宍道湖に浮かぶ島には、厳島神社から分祀された弁才天がおられます。
そのようなご縁もあり
このたび、大聖院の住職の考えに賛同され快く受けてくださいました。
お地蔵様には、霊火堂の消えずの火の灰を混ぜて焼かれています。
2005年 台風災害直後の大聖院ルートの景色ここをクリック
待望の大聖院ルート開通日
10月1日(水)
砂防堰堤の完成式は10月23日だそうです。
弥山大聖院ルート復旧記念
開通記念登山開催

午前9時集合 懺悔堂の前で法要後出発。
宮島弥山倶楽部の山崎さんの先導で、植物などの説明を聞きながらのんびり登山を楽しみました。

白糸の滝・高倉上皇が白糸の滝を見られた場所にみんなでたち見学。
土砂災害前は、森林に覆われて、滝は見えなかったが
今は、目の前に迫るように滝を見ることが出来る。


インタビューを受ける山崎さん 右は、賽の河原 ここは無事だった

幕岩付近の迂回路。石段が延々と続く。
感覚的には、災害前よりは、ハードな登山道になっている。

右手が幕岩
正面には、厳島神社、千畳閣・五重塔が見える。
ここから少し登ったところに、大きな堰堤が完成している。
今回一番被害の大きかった、幕岩の上部
大きな堰堤が完成していた。
近くには、白ひげ神社や万代橋そして遊女の石畳がある


一部迂回路に再現された、遊女の石畳

弥山本堂で、法要が行われ
その後、記念写真が撮られ
その後、解散。
頂上へ登り昼食
大日堂経由で紅葉谷ルートを下山
起点石前で、解散。

終了しました
<大聖院ルートの清掃作業>
9月24日(水)
宮島弥山倶楽部からの参加者他に大勢のパークボランティアの皆さん 広島県・廿日市市の皆さん
参加者:山崎美和・田中邦彦・宮石惇・藤原隆雄・山辺昌彦・伊狩文隆

約30名の参加で10時過ぎから4時まで作業。
見違えるように、大聖院ルートは美しくなりました。

堰堤に出来た迂回路を掃除するボランティアの方々

弥山MAP
このMAPは大聖院が発行しています。
このMAPは行政が認めていない道を表記しているということで
今後は、配布されることはないです。一般の観光客の方にとっては、不要のMAPですが
トレッキングを楽しむ方は、マナーを守り、自己責任で山を楽しまれるには良いです。
大聖院ルートも、土石災害以前の案内がしてあります。
大きく違っているのは、白糸の滝までと幕岩から白ひげ地蔵の数百メーターだけです。
町石もいくつかは欠落しましたが、無事のものも多くあります。
土石流災害以前と現在を比較するには、良い教材かもしれません。
在庫がなくなり次第配布は終了です。
たくさんの情報が掲載され
写真面は、エッセーも掲載されていますので貴重品になります。
是非、皆様の家庭に1冊、観光のお土産にお持ち帰りください。
無料配布


神の島として、弥山を改めて知っていただこうという主旨で発行されています。
弥山登山道についての注意事項miyajima
弥山登山道は、標高535mですが歩く距離は2600mくらいです。
意外ときつい道のりに感じると思い ます。ゆっくりと自然を感じながら登ってください。
水分補給をする場所はありません、必ず持参下さい。
サンダルやハイヒールで登ることは、やめた方が良いです。
登山口から弥山頂上、麓までの所要時間は、4時間程度と考えてください。
夕方3時以降に登られる方は、特に注意をしてください。
夕焼けを見て下山される方は、必ず懐中電灯を持参下さい。
暗闇の中を下山することになりますので危険です。
ロープウェーの最終時間を確認してください。
季節によって最終運航時間が違います。
また、強風等で運休になる場合もあります。
現在、大聖院ルートは土砂災害復旧工事で通行止めとなっています。
下山の際は気を行けてルートをお選び下さい。
奥の院ルートは、行き止まりです。下山ルートではありませんから気をつけてください。
どうしてもという場合は、林道を下り海岸線を回る道がありますが、2時間近くかかる遠回りです。
仁王門という場所には、現在仁王門はありません。
あくまで、昔仁王門があった場所ですので、間違わないようにしてください。
頂上から、一番楽に下山できる方法は、ロープウェーを使うか、もみじ谷ルートです。
大元ルートを下山する方法があります。
弥山本堂や霊火堂のある場所から下り、仁王門跡(通称四つ角)を今度は、10分程度山道を登り、
駒ケ林の分かれ道がある尾根に出た後、5分程度歩き、ココから一気に石段を下山することになります。
かなりの勾配ですので、足元のしっかりしてない方には、不向きです。
1時間ほど下山をすると大元公園に出ます。
御山神社から奥の院へ下る山道がありますが、獣道に近いので特に気をつけて下ってください。
途中、仁王門の四つ角から下ってきた道と合流します。
もみじ谷ルート 詳しくは左をクリック
宮島桟橋から歩いて、20分くらいで、もみじ谷の奥に登山道入口があります。
トイレはここが最後です。
あとは、弥山本堂か頂上にあります。
頂上のトイレは、売店が閉まっているときは、閉まっていることが
ありますので、弥山本堂で済ませた方が良いかも。
場所は分かりにくいのですが
錫杖の梅のある場所の下にあります。
お寺の方に聞くのも良いでしょう。
途中にロープウェー乗り場がありますから、すでに苦しい方は、歩くのはやめたほうがいいでしょう。
もちろん、運動靴以上の履物でないと無理です。
標高は、535mですが、簡単には登れません。
ここから、歩いて1時間30分くらい。
走って上がった人の話では、35分
筆者が調子の良いときに、歩いて1時間
緩やかな登山道を登りますが、後半はかなり急勾配。
ロープウェーからくる交差点(T字路)からは、のんびり上がって30分弱
途中、弥山本堂や霊火堂があります。
ここからは、5分から10分。

人の横顔に見えませんか?霊火堂裏手
登山道としては、一番楽な道です。2500mの距離です。
頂上の帰りは、別の道を下ると船岩・干満岩のある道となります。
その下には大日堂があり、石段を下り
左に行くと、ロープウェーへの道・弥山本堂・霊火堂への道となります。
石段からは、2分程度。
石段を右に下ると
御山神社への道。奥の院への道。大聖院ルート(今は通行止め)・大元ルートへの交差点へ向かいます。
10分くらい歩いた場所に交差点はあります。
大元ルート 詳しくは左をクリック
桟橋から大元ルートを登り頂上までは,約3時間20分。
入口から、約2時間50分
古道で登山道としては、情緒満点ですが
距離が長いのと、急勾配が続き
なめてかかると大変なことになります。
ルートの入口は、大願寺・水族館を通過して大元公園(大元神社)の奥へ分け入ります
途中、厳島合戦の陶晴賢軍が気勢を上げた血仏という記念碑があります。
しばらく公園を抜けていくと、橋がありここが入口です。
この手前のトイレが最後となります。
このルートには、町石があります。
1丁は、109m
途中欠落していますが、4丁から現われます。(1丁2丁は旧道にありますので、見つけることは出来ません)
途中には、いろいろ珍しい岩などがありますから、探しながら行くと、苦しさを忘れます。

大元ルート 16町石のすぐ下にある風欠
標識がないので、皆さん通り過ぎてしまいますが
猛暑の中、ここで休憩すると、冷風が吹く出ていて大変助かる場所です。
8月24日に測定したら 18度でした。
登られた方には案内しましたが、素晴らしい休憩所です。
多分、体感したかたにしか分からない至福の感覚です。
17丁の断崖を見ながら行くと
30mほど道からそれると、岩屋大師という不思議な場所があります。是非。
18丁(実際には、行方不明)あたりで、尾根に出て見晴らしがひらけます。
しばらく尾根にそって歩くと
左に駒が林へのルート分かれに出ます。
ここから、一旦下りに入ります。
途中、21丁22丁の町石が右手にあります。
23丁(実際は看板後ろの藪にあるので見つけるのは難しいです)
ここが、奥の院への下り、今は通行止めの大聖院ルートとの交差点になります。
ここでは、大聖院ルートから続く18町が見えます。
ここからは、町石も各ルートから入り乱れるのですが、大聖院ルートの数字が基準になります。
18町から再スタートです。
頂上は、24町です。
二王門跡を通過して
ひたすら登って行きます。
急勾配もあるので、ゆっくりと登って下さい。
町石も、新旧交えてありますので、楽しんでください。
上に、仏様が彫ってあるものが古い時代です。
途中、くじら岩付近から見ると、眼下に奥の院が見えます。前方右には御山神社も見えます。
水掛地藏を越えていくと
左に石段が見えてきます。
21町があります。
ここを登って行くと、大日堂があります。
この横を登っていくと、船岩・干満岩がありそのまま登ると頂上につきます。
石段から、10分程度。石段を登らないで、右手の道を上がると、弥山本堂・霊火堂・三鬼堂があります。
頂上から別の道を下ると弥山本堂につきます。
頂上に登る道は、2本あります。
奥の院ルート 詳しくは左をクリック
御山神社から下るけもの道。(かなり急勾配ですので一般の方は無理です)
弥山本堂・霊火堂から駒が林・大元ルートの道を下っていくと
奥の院・大聖院ルート・大元ルートの交差点に出ます。(弥山本堂から歩いて10分)
ここに看板があります。
交差点を、進行方向左の道を30分弱下ると、奥の院に着きます。
行き止まりですから、来た道を戻る事になります。
もみじ谷ルート・ロープウェー・大元ルートを使って下山することになります。
今は、工事が行なわれて神秘性が失われましたが
不思議な場所ですから、興味のある方は元気を出して行って見てください。
登る元気のない方は、舗装された道がありますので
下っていく方法がありますが、桟橋までは歩いて2時間くらいかかります。
海岸線近くまで行くと、数軒の民家があります。
右に曲がってひたすら歩くと、大元公園に戻ります。
夕方になった方は、この道を行ったほうが安全かもしれません。
どうしても歩けそうにない方は、夕方までなら
タクシーを呼んで来て貰う方法もあります。
費用は、来て貰う費用も含めて 2000円前後(正確な金額でありませんが大きくは違ってないと思います)
離合も出来ない狭い道なので、一般車両は通行は無理ですが
地元のタクシーの運転手さんなら、大丈夫です。
奥の手です。
もちろん、時間帯がよければの話なので、いつもとは限りません。0829-55-1110
廿日市警察宮島交番 0829-44-1110
廿日市市宮島消防署 0829-44-2800
<注意>
残念ながら交差点の看板には、駒ケ林の名前は表記していません。
大元ルートを進んでいくと、途中で分かれ道があります。
そのほか、多宝塔ルート・四宮ルート・博奕尾ルートも紹介されて多くの方が登っていますが
行政としては認めていないルートなので
標識は皆無です。間違いやすい箇所も多くありますので
一般の観光客の方が、簡単な気持ちで登ることは
やめた方が良いです、
それなりの装備と知識・マナーを守る方については
特別、通行止めではありませんの
楽しんでください。
大聖院ルート(頂上まで) 詳しくは左をクリック
カラーバージョンが出来ました。
国土交通省が10000部して配布中です。
宮島桟橋インフォメーションに行くともらえます。
出きるだけ外国の方に渡そうと、表には出ていません。
部数が少ないので、必要な方にしか渡していないそうです。
宮島英文ガイドMAP
サイズは、B3
片面 各2色
紙質 マット紙 90kg 6つ折
写真は、宮島商工会が発行した2色刷りです。

スズメバチに注意
10月1日に、廿日市市の職員によって区駆除されました。
弥山本堂から登り、観音堂・文殊堂を過ぎ毘沙門堂跡を過ぎると
くぐり岩があります。くぐり岩を過ぎると、まもなく頂上ですが、
くぐり岩を抜けた正面右の岩の割れ目にスズメバチが巣を作り、たくさんのスジメバチが飛んでいて危険です。十分に気をつけてください。
巣の大きさは、30cmくらいだそうです。
23日に弥山本堂でのお地蔵様の開眼法要の時も。本堂の周りを飛んでいたスズメバチに付きまとわれて困りました。
9月28日に巣の傍を通過中の小学生が2名刺されて、騒ぎになったそうです。
リープウェーを使い、下界の消防署に駆け込み帰られたそうでう。
スジメバチは攻撃的ですから、飛んできたら刺激を与えないで去るのを待つしかありません。
もし、刺されたら、頂上の売店に駆け込むか急いで下山して消防署に行ってください。

くぐり岩を抜けた、正面右の大岩の割れ目にスズメバチの巣があるそうです。
今年は、暑さのためか異常発生しているそうです。
十分気をつけてください。
宮島弥山倶楽部のメンバー情報
スズメバチは23日にも弥山に登るメンバーに注意しました。
黒い色を攻撃する性質なので、白い帽子、タオルなどで頭髪を覆い、この時期は黒っぽい服装は避けた方が良い。
決して追い払わない事!数匹飛来は先遣隊なのでこれを刺激すると、本体が攻撃かける。
白い上着をかぶるとおとなしくなる。数匹飛来時、静かにして追っ払ったりしない事が肝心!
ホームページから引用
「スズメバチ」に刺された時の対応をご紹介していきます♪
「スズメバチ」の特徴
・球形(コガタスズメバチの初期の巣はトックリを逆さにした形)
・ハチの出入り口は1つ
・巣表面に縞模様
☆毒液による痛み・腫れ・患部の炎症・痒み・体温の上昇等が、
刺傷後10〜15分後に発現するそうです。
刺傷後の対応は、下記のようにしてくださいね!
● 患部からの毒液除去
身体に回る毒成分の量を減らすため、できるだけ速やかに毒液を
口或いは、市販の器具を用いて吸い出してください。
● 毒成分の不活性化
20%タンイン酸軟膏、3%タンニン酸アルコール、渋柿の汁などを、
刺された直後に患部に塗り、後に水洗いをしてください。
※アンモニアの使用は、意味がないそうです※
● 治 療
○患部に腫れや痛みには冷湿布をして、
抗ヒスタミン剤を含むステロイド軟膏を塗ってください。
○患部を冷やして、迅速に医療機関で手当を受けましょう。
● アレルギー性症状
人によりアレルギー反応の程度は、異なりますが、身体体各所或いは
全身の蕁麻疹・だるさ・息苦しさなどの症状があるときは、
次回の刺傷に十分な注意が必要になります。
【ときに、アナフィラキシーのショック症状を起こし、5〜10分くらいの意識不明におちいり、
適切な治療が行われなければ、そのまま死に至ってしまう危険を含んでいますので、
すぐに病院での治療を受けるようにしてください!】
スズメバチに刺されない対策をご紹介します♪
●攻撃を受けやすい色彩を身に付けないようにしましょう。
スズメバチはいずれの種も黒色に対して激しく攻撃します。
白や黄、銀色に対しては反応は弱くほとんど攻撃しません。
黒い着衣、ひらひらするものは避け、
帽子をかぶり軍手などをはめて露出部分を少なくしましょう。
ヘアスプレーや香水、汗の臭いなどにも敏感に反応するので
気をつけましょう。
●攻撃を受けやすい動きをしないようにしましょう。
スズメバチは横への動きに反応しやすいので、
ハチを手で払ったり急に向きを変えるなどの動きは危険です。
(私は、今まで手で払って逃げてました(苦笑))
もし巣を見つけた場合は、静かに後ずさりして巣からすぐに
離れるようにしましょう。
室内や車内にハチが入ってきた場合は、窓をあけて出て行くのを待ちましょう。
ハチは明るい方へ向かう性質があり、そっとしておけば自然に外に出て行きます。
たたいたり追いかけ回さない限り決して人を刺すことはありません。
これがアナグマ

白いタヌキ

2007.2.3 桟橋から五木茶屋へ向かう途中
宮島弥山倶楽部のメンバー 山辺さんの登山記録がブログにありました。
ここをクリックすると、覗けます。
多宝塔ルートを登ったようです。このルートは、正式に認められたルートではないので
一般の観光客の登山には勧めませんが、装備をして自己責任を自覚した方なら
展望の良いルートです。
駒が林へ一旦登り、少し下山すると大元ルートと合流します。弥山へ行くには、しばらく左に下って行くと、大聖院ルート・奥の院ルートの
交差点に出ます。そこから、二王門跡を通って今度は、ひたすら15分くらい登ると
かっての二王門

くじら岩に出ます。ココからは、御山神社や奥の院が見渡せます。
右に御山神社への道を見ながら、まっすぐ登って行くと、水掛地藏があります。
数分登れが、大日堂経由弥山頂上と弥山本堂経由弥山頂上への分かれ道に出ます。ココまで来れば
どちらの道を登っても、10分程度で頂上につけます。
最新版

求聞持堂
山下さんがCGで再現詳しくは、ココをクロック
注意しましょう
10月1日開通する大聖院ルートの分岐点。(仁王門跡)から大元ルートを通過して、大元公園を目指した時
駒が林との分岐点にある標識が壊れたいました。
写真では、正確な方向を示していますが
風雨・いたずらで方向がづれる可能性があります。

ねがい地蔵・ごめんね地蔵開眼法要
高さは 10cm程度
弥山で自分の願いや懺悔の気持ちを込めた地蔵様を弥山本堂へ置いていただけるようになります。
2体を求めていただき、一体は弥山本堂へ・・・・時々会いに行けます。
一体は自宅の玄関へ・・・毎日「行ってきます」「ただいま」と声をかける。
良いですね.
手づくりの作品なので表情が違います。
ただいま、写真のようなふたつのパターを製作中!!
数珠は別売りですが5色(赤・白・黄・青・緑)用意します。
地蔵様 1体 1500円 数珠 1個 300円
(料金の中に、大聖院で祈祷していただいた金額も含まれています。)
9月23日(火・祝日)大聖院ルート開通祝い行事
終了しました




知人の土井さんから

PDFの解凍が分からず、告知が遅くなりました。
詳しくは ここをクリック

問い合わせ先 宮島・大聖院人形展実行委員会事務局 090-8240-5322 0829-56-5686
弥山仲間・娘の友人の家族が
商店街の真ん中にお店をオープンしました。

林さん大前さん
お店の外観は、夜暗かったので撮れませんでした。
牡蠣屋 ここをクリックするとHPです

お酒にもこだわっていて、色々な種類がありました。
このときは、白いご飯がご飯が売り切れで、牡蠣飯を出してもらいました。
もみじ饅頭のやまだ屋さんで
藤原隆雄の宮島の写真が展示されています。
まもなく紅葉バージョンに変わります。


掲載の写真は、秋バージョンの時の会場風景です。
他に藤原隆雄の作品が展示してある場所
宮島 やまだ屋
宮島 佐々木八重子の店 (20点あまり 大迫力のプリンをお楽しみください。しばらく展示。)
宮島 錦水館 館内
宮島 宮島ロープウェー 獅子岩駅
弥山頂上にあるトイレも、1日も早く24時間とは言わなくても、常時使えるようにして欲しいです。
観光客が困っています。
皆さんの使用マナーにも問題がありますね。
広島南区元宇品にある トイレ

宮島弥山倶楽部 2008年1月の出来事
ここをクリックしてください
宮島弥山倶楽部2008年の出来事を記録しています。ここをクリックください。
宮島弥山倶楽部 新規会員 募集中
2008年度メンバー登録一覧
miyajima misenclub
2008年4月1日〜2009年3月31日
問合せは ここをクリック
宮島弥山倶楽部
宮島弥山倶楽部のHPのアドレスが変わりました。
http://sttakao.web.infoseek.co.jp/misen.htm
参加希望の方は、このMAILにて申し込みください。
申し込み用紙を添付します。
申し込み用紙を返送いただき、確認が出来ましたら。
登録して、今後お知らせをいたします。
郵送物もありますので、必ず住所も明記ください。
この倶楽部は、なんだろう
何をしたいのか
皆さんのご希望をかなえるグループを目指しています。
皆さんの要望次第で、どのようにでも変貌するグループです。
どんな人が
参加しているのか
個人情報の関係で、ペンネームを使って参加している方もいます。
怪しいグループではありません。
参加する条件は?
連絡先にメールを送ってください。
何も出来ないけど参加してみたい方へ
まずは、何がしたいか?知りたいかを事務局にお知らせください。
一緒に考えましょう。
宮島弥山倶楽部の活動(HPの運営)は
多くの企業・個人の方のカンパによって運営されています。
連絡を頂きますと、登録用紙を添付ファイルで送りますので
記載後返送下さい。会員カードやカンパ金(参加費)振込用紙等を郵送します。
皆様の参加をお待ちしています。
TEL 082-255-1880 FAX 082-255-1885 E-mail
ダライ・ラマ
ダライ・ラマ、11月に来日 北九州市で講演 (共同通信)
チベット仏教の最高指導者で、ノーベル平和賞受賞者のダライ・ラマ14世が、福岡県仏教連合会の招きで11月に来日することが24日、分かった。
北九州市で開かれる同連合会の設立35周年記念講演会で講演する。
14世は11月1日に日本に到着。4日に北九州メディアドームで開かれる講演会に参加し「幸せへ導く慈しみの心」というテーマで語る。
チケットは9月10日から一般販売。
[ 2008年7月24日10時55分 ]
岩船山山頂にある、草を食べる怪獣!!

明らかに加工されています。
ナンでしょうか?
宮島ロープウェーからのお知らせ
ホームページのアドレスが変わりました
2008.6.13 中国新聞から

宮島の七不思議の再来
愛媛新聞でも、紹介がされていました。
興味あるブログを見つけました。
満願寺のしぐれ桜。

やはり朝倉にある満願寺。
奈良時代に開かれたお寺です。
(廃仏毀釈を乗り越え、金比羅山もあります)
ここはいろんな木があって、山門をくぐるとモミの大木が迎えてくれます。
そしてさまざまな種類の桜が。
写真はしぐれ桜。

こんな古木からも、地を這うように枝が広がり花が咲き誇っています。
ソメイヨシノや紅枝垂れ桜はまだもう少し。
満開が楽しみです。
【追加情報】
お寺に人にうかがったら、下の写真の古木が元々のしぐれ桜(母木)だそう。
すっかり朽ちてしまっていたのに、枝が伸びてまた花をつけるようになったそうです。
また、宮島へこのしぐれ桜の子ども(実生か接木かは?)が近々移植されるとのこと。
万願寺はどこにあるのだろうか?
ここをクリック

楽しみにしています。
弥山山頂付近には、修験者の修行の場が各所にあります。
龍ケ馬場も調べて欲しいです。
17町には、弁財天もあります。
三剣岩屋
知っていましたか?駒ケ林の隣にある、通称「火山」「名無し山」と言われる山です。
江戸時代の絵図によると、鳥居もマークもあり、昔はお参りに行っていたようです。
近日中に、宮島弥山倶楽部でも行ってみます。
景色の素晴らしい場所です。一歩下ると、死の世界が広がる不思議な場所です。
織田さん MIXIより
「岩国」と「厳島」
岩国基地の機能強化が決まりました。
沖合への基地(空港?)拡張工事が進んでいます。その様子を書き込みました。
戦闘機の進入路が厳島上空を通っている資料発見と今朝の新聞にありましたが、地図でみても当然そうなるはずです。
岩国市は騒音の軽減や発着時間の短縮を求めているとか。飛行コースにも注文を付けてほしいものです

大元神社のなぞ
山下さんのページに飛びます。
ここをクリックしてみてください
好評発売中
在庫が少なくなってきました。早めに申し込みください。
<購入された方からのメッセージ>
ダライ・ラマの本スナップ写真でしょうが彼の人柄がよく解り、良く撮れていると思います。
森羅万象、はじっくりと撮ってあり貴方らしい丁寧な仕事ですね。
御出版、
おめでとうございます。
素人の私が拝見・拝読致しましても、丁寧で暖かな作品を創ろうと心掛けていらっしゃる意気込みが、こちらまで伝わって参りました。
こつこつと永きに渡り納得がいく作品を撮り集められ、静かな情熱を燃やされていたんだなぁと感じ入りました。
藤原さんの作品はヴェールに包まれて神秘的で、炎に関して云えば炎自身が意志を持っている様に見えますし、
《初秋の朝》は神話の世界を想わせられる程です。創造主は居ると…。
知人がダライ・ラマ法王の大ファンでして、手渡しましたら大変感激しておりました。
写真集が届きました。何と表現したらいいか、言葉にならないくらい、感動し、エネルギーを感じ、胸に込み上げてくるものがありました。
改めて、この素晴らしい地球、大自然と藤原様に感服しました。
大変、贅沢な写真集を有難うございました。
とってもきれいな写真集ありがとうございます。
弥山にも雪が積もるのですね。
最後のページの弥山を雲が覆うようにして朝焼けがとっても印象的で、きれいでとっても気に入りました。
今は、ただ見るよりも、”何が読み取れるか”を考えています。
宮島‥綺麗ですね〜
いつか、はるばる岩手より、
宮島に伺えたらなあと思います。
ありがとうございました。
懐かしい写真、ありがとうございます。
当時の熱気がよみがえってきます。
お世話になり、ありがとうございます。
お写真と写真集、届きました。
開いたとたん、昨秋の安芸の宮島の空気が、
私の中に蘇ってまいりました。
いつまでもあのときの感動を大切に、
そして、実践を重ねていきたいと、新たにおもいました。
ありがとうございます。
一冊は、仏教徒でもないのに宮島まで付き合ってくれた親友に
贈ります。
きっと彼女も喜んでくれるとおもいます。
子供の頃から何度も足を運んだはずの宮島に、
こんな風景、顔があったのか、あらためて思い入りながら拝見しています。
青い方には解説集もあるので、仏像に無縁の日常をおくっている私のような俗人にも親しみやすく、
そして藤原さんの感動を分けてもらえるような感じがします。
写真集 お送り頂きまして有難うございました。
拝見しながら、何回登られた事かと思いつつ、
春夏秋冬・晴曇雨雪・穏、嵐、吹雪、
瀬戸内と山陰の風景を併せ持つ弥山を感じました。
四国巡礼を経験すればまた別の世界があるものと思います。
石見部の山間地はここ4・5年で急激に人口が減り、
風情のある山村風景も失われています。
平行して自然が荒廃しているのが残念です。
遅くなりましたが、写真集じっくりと拝見しました。
京都ですから比較的近くにいるにもかかわらず、実は広島にほとんど行ったことがありません。
写真を拝見しながら、是非是非宮島そして、弥山を訪れたいと思いました。
写真ではまず自然の神々しさに心打たれました。
季節、時間によって刻々と変化する自然。光、雲のすごさも改めて感じました。
「晩秋の残照」「真冬の夕暮れ」「初秋の朝」…引き伸ばして部屋に飾りたい気分です。
そしてそして、十一面観音様は本当に美しいです。
湖北にも数多くの十一面観音様がおられるということで、いつか訪ねてみようと思っていましたが、
こちらの観音様もじかにお目にかかりたいと思います。
また、波切不動明王様とか不動明王座像のお写真では、変な言い方ですが、その肌の感じがなぜかとても心に残りました。
有難いと言いますか、その存在をとても感じさせられると言いますか…。
ダライ・ラマ法王は、さすがに大切なお話をしてくださっていますね。
お蔭でちょっと落ち込み気味だった私も、写真集を通して法王のお言葉で元気をもらいました。
以前ミャンマーに個人旅行で行ったとき、ガイドさんのはからいで、瞑想センターの高僧にお会いすることができました。
「いつもピュアな心でいなさい。
どこでも(例えばバスに乗っていても)そこにいる人々、生きとし生けるもののために祈りなさい」など、少しの時間でしたが教えていただきました。高次元の人というのは、その存在感だけでも、まず私たちは理屈を超えて感動するという気がします。
ダライ・ラマ法王のお写真からもそれが伝わってきました。
法王が開眼法要された弥勒菩薩様も勢至菩薩様にもちょっと似て、エキゾチックな美しさですね。
大聖院はインドのデプン寺とも深い関係をお持ちなんですね。
今回偶然にもこの写真集をいただくことができて、本当に有難かったと思います。
主人もちょうど最近写真に目覚め、まずは近所を散歩しがてら楽しんでいますが、カメラを持つことによって、
今まで見過ごしていた自然や風景に目を向けることができる気がします。
主人はまだまだわからないことだらけですので、また何かお尋ねするかもしれませんが、よろしくお願いします!
大聖院
宮島では大聖院で販売しています。
ネットの受付は、スタジオタカオです。
申し込みは、メールでお願いします。
「弥山」森羅万象(青)20ページ解説書(白)付き 6ページ
藤原が2年半かけて撮影した、弥山の姿がまとめられています。

深山初日(上の写真の解説文)
真綿のような雲に包まれた太陽が、その柔らかい光りで地平を分け、ためらうように
光りの世界を広げていく。刻一刻と変化する空の夜明けの瞬間をとらえたい。
凍りつくような冷気のなか、一条の光をひたすら待つ。






闇に描く光の絵(右下の写真の解説文)
夜の弥山に人々が持つ明かりが光の帯ととなって走る。黒々とした頂上石と光跡が作り出す不思議な光景は
抽象画のようだ。漆黒の天空には、おぼろ月が悠然と揺れ動く光りを見守っていた。
文章:藤原隆雄・平木久恵
ダライ・ラマ法王 1200年祭記念大法要(赤)14ページ


スピリッチュアルTVにダライラマ法王宮島 映像が登場しています
ここをクリック
宮島で作品展を開催したい方へお知らせ
ぎゃらりぃ宮郷より
貸しぎゃらりぃのご案内
使用目的:ぎゃらりぃ宮郷は、個人又は団体の文化、芸術活動の発表、展覧の場として広く提供するものです。
場所:〒739-0554 廿日市市宮島町町家通り
TEL(0829)44-1608 FAX(0829)44-2608
ホームページはここをクリック
期間:6日間 定休日の翌日より翌週の定休日前日まで(搬入搬出を含む)
時間:10時〜19時
定休日:毎週水曜日
使用料:1週間(6日間)を3万円
申し込み:申し込み用紙及び利用規定を下記申し込み先より取り寄せてください。
申し込み先:〒731-2101 広島市佐伯区五月丘5丁目25-12 福島俊を(ギャラリィプロデュサー)
TEL・FAX(082)941-0792
携帯TEL 090-4692-4708
E-mail
(宮島弥山倶楽部のメンバーのみ参加できます。宮島弥山倶楽部に登録していただければ出演は可能です。)
観光客の皆さんから聞く要望
赤ちゃんにお乳を飲ませる場所がない。
思ったよりも距離が長いので、無料休憩所が欲しい
道が分からない(ロープウェー乗り場までの道が分からない)
皆さんも観光客の声を聞いたらお知らせください。
メール
気になっていること
6月4日の大元下山でも気になったのですが。夕方4時過ぎに大元ルートを登って弥山を目指す外人に
数名会いました。靴はサンダルのカップルも
現在、廿日市市が発表・記載している地図では、大元ルートを1時間20分と短く書いています。
実際には、若い健脚でも難しい時間。
一般の観光客、ましてサンダルで登るには2時間から2時間30分は必要。
頂上から下山する時には、すでにロープウェーは終了していますから
もみじ谷を下ることになりますが、不慣れな観光客にとっては
暗い夜道を下山する羽目になります。
夕方の登山規制とか注意書きを登山道の入り口に明記しないと
桟橋あたりに表記しても、見る確率は低いと思います。
何とかしないと、いつか事故がおきると心配します。
ご存知ですか
厳島神社の廻廊を出て、橋を渡る手前の右手にある石碑。


白雲洞とはナンだったのでしょか?
宮島弥山倶楽部メンバー岩崎さんからの情報
「芸備日々新聞」における厳島関連記事
明治 30年6月26日
大元谷ホテル 厳島大元谷白雲洞の主人の能美正五郎氏は
明治二十二年大元谷公園地及び神地などを拝借し、・・・・・
・・・・明治二十七年までに・・・・家屋落成したり、是において
大いに風致を増し、 一の立派なる庭園とはなれり、
・・・・・ 二十八年中一のホテルを建設せんと思い立ち、
・・・・・ 落成したれば 去る二十二日その開業式をおこなへり
明治 29年6月6日
厳島の白雲洞
仙郷中の仙郷は 大元谷の白雲洞にぞある
酒も出づべく肴も出づべく ・・・・・ 新座敷は 五十畳敷きに
して 会席にも充つべきものなり・・・・
風雅の心ある人は 一日の閑を偸みて遊びたまへ

この時撮影した映像

まるで龍が守っているように見えませんか?
現在は、この場所は危険なので行くことは出来ません。
昭和35年くらいまでは、老婆がここに住んで御山神社を守っていたそうです。
後ろの岩の中にあった、首のない仏像は、その後ほかの場所に安置されました。
テレビの番組から
お昼の番組 司会 みのもんた ホームテレビより







このようなご意見を頂きましたので、脚色なく原文で掲載します
実は先程「宮島弥山倶楽部」ホームページの方で,先週土曜日に広島で放送された「みのもんたの歴史ミステリー」の一節
「天狗は古代イスラエル人だった」が紹介されているのを拝見致しまして,余計な事とは思いつつ,
少し自分の知っている範囲で意見を述べさせて頂きたく思います。
日本の歴史に『天狗』が初めて登場するのは,奈良時代に成立した歴史書『日本書紀』なのですが,この中では「流れ星」を指す言葉として書かれています。
これは元々,中国の伝説上の妖怪で,長い尾を引いた流星や彗星を,狐や犬(狗)の様な動物に見立てたものの様です。
その後,鎌倉時代になると,
仏教の影響で日本に伝わったガルーダ(迦楼羅)のイメージが天狗に取り入れられ,天狗は半人半鳥の怪物として描写される様になります。
その後,山で修行する修験者(山伏)のイメージが,「山に住む怪しい者達」という事で天狗に取り入れられ,
さらに日本神話に登場する「猿田彦」が天狗と同一視される様になる等,
様々なイメージが取り入れられた事で,室町時代頃には我々の知る「鼻が長く,山伏の服装をした赤ら顔の天狗」のイメージが完成します。
*参考文献
『日本化け物史講座』 原田実著 楽工社
もし本当に,古代イスラエル人が日本に来て,天狗のモチーフになったのであれば,
日本史における天狗は,最初から我々の知るあの姿で描写されているハズです。
「鬼」にしてもそうですが,日本で伝承される妖怪の数々は,時代の変遷と共に様々なイメージが加わり,現代の我々が知る姿になっています。
最初からあの姿だった,と考えるべきではありません。
みのもんた氏のあの番組は,都合よくこじつけられる部分だけを抜き出し,怪しげな研究者にコメントさせる事で,本来の歴史とは懸け離れたものになっています。
おそらく今後も,怪しげな説を作為的に紹介して行くのでしょう。
ついでに言うと,番組中で紹介された天狗の絵は江戸時代に描かれたものです。
もし本当に「写実的」だと言うのなら,イスラエル人よりも,南蛮人の影響を考えるべきでしょう。
・・・長々と失礼致しました。ああいう番組には,どうしても抵抗を感じてしまいますので。
厳島図絵の復元中
求聞持堂
建物は現在弥山本堂といわれています。
よくみると、左手に現在霊火堂がありますが、この当時はありません。
弥山本堂自体が、現在と比べると正面が90度回転していることが分かります。
その後、建て替えをされましたが
台風で再度建て替えられ現在の近代的な建物になっています。
右の崖には、まんだら岩があります。

厳島図絵の復刻版では文字がかすんで見えない部分もあるので
現在、原本から直接読み取りをしています。
機会が出来ましたら宮島弥山倶楽部のメンバーの方にはお見せ出来るように
したいと考えています。
本自体がかなり傷んでいますので、時間はかかりそうですが
がんばってみます。
宮島キーワード検索
皆さん知っていますか?本によって微妙に違いのが分かりますか?
白雲洞(厳島神社の廻廊を出たところにヒントの石碑があります)
別資料によると
宮島町史によると (現在3冊発行されています)
朝日観音(奥の院より三-四丁下りてあり)
夕日観音(朝日の観音の下にあり)
護摩谷(夕日の観音のかたわらに有)
龍洞穴(夕日の観音のかたわらに有)
多寶塔(方二間にして、高サ九輪迄凡十二間)
弥山参詣所此所にて終わる。是より下りて則
大元の森に至るなり。
三剱岩屋(夕日の観音より、6-7町辰巳にあたりてあり)
厳島図絵によると(現在でも、復刻版を購入することが出来ます)
三剱岩屋 龍が馬場に至る路にあり
注:龍馬場・・・巌上に馬蹄の跡あるを以って、一に駒が林ともいふ。弘中兄弟敗死のところなり。
絵馬岩 (同上の上数十丈の巌壁なり。中央に馬の形を画くがごとし。遠くを望めば赤色にして其色昔より曾て變ぜず。)
龍窟(一に護摩谷の窟といふ。盤石上より覆いかかりて、一に室屋のごとし、内に弘法大師の像を安けり。」
この所は、弘法大師護摩修法のあとなりといふ。
傍に龍が洞とていにしへの龍の出しといふ穴あり。其深さ知るべからず。
すべて此所を龍が馬場といふも名の起りはここなるべし。
朝日観音堂
夕日観音堂(「この処より、神馬屋町地蔵院のうへに下りいたるなり」
朝日観音・夕日観音について

この地図を見ると、朝日観音・夕日観音は多宝塔ルートにあったみたいです。
頂いた資料によると
朝日観音堂 本尊 十一面観世音菩薩
夕日観音堂 本尊 正観世音菩薩
「この処より、神馬屋町地蔵院のうへに下りいたるなり」となっています。
となっています。
販売店が増えました
商店街の中にある「正木屋」でも生写真を販売始まりました。
まずは、この連休中にテスト販売。25種類が展示販売されます。
お立ち寄りください。
弥山 MISEN 駒ケ林 KOMAGABAYASHI 岩船山 IWAHUNE
この3つは制覇したいですね
名無し山(別名 火山)も素晴らしい展望があります。
宮島生写真販売中!! ここをクリックすると見れます。
現在、藤原の作品にこだわらず
宮島弥山倶楽部のメンバーや藤原の教え子の作品を
積極的に商品化しています。
近日発売予定のハガキ

裏は、私製はがきにしていますので、そのまま投函が可能です。
1枚 200円
スタジオタカオで製作した、絵はがき・生写真を販売して頂いているお店です
平和公園 レストハウス
ぎゃらりぃ宮郷(宮島)
ゲストハウス きくがわ(宮島)
佐々木文具店(宮島)
小林物産店(宮島)
大聖院(宮島)
民荘 かわぐち(宮島)
宮島の舗 ひろかわ(宮島)
菓子処 きむら(宮島)
町かど(宮島)
佐々木八重子の店(宮島)
広島プリンスホテル(広島宇品)
宮島ロープウェー
宮島 やまだ屋
宮島 錦水館
宮島 正木屋
詳しくはここをクリックください
宮島 人力車
宮島婚礼プロジェクト
ご存知ですか?
私たちのチームで、厳島・大聖院の婚礼を撮影しています。
問い合わせは ここをクリックください
皆様、色々なご要望があるようですが、相談をしながら進めて行きます。
由来をご存知の方は、お知らせください。

由来について問い合わせがありました。
左の写真左に見えるのは、岩惣(左の道を登って行くと、もみじ橋・ロープウェーに行けます)
森脇さんから
伝統工芸 宮島細工
ここをクリック
Renewal open!!〜宮島伝統産業会館〜

宮島桟橋につくと左手に伝統産業会館があります。
神社や商店街とは逆方向になるため、なかなか目につきませんでした。
しかし、このほど廿日市市によりリニューアルされました。
平成20年4月19日(土)ついにリニューアルオープン!!パチパチパチ\(^O^)/
外観はそう変わりませんが中は以前より明るくなり、なんといっても内容がグッと変わりました。
1階は宮島細工のギャラリー兼shopに!!(@_@) 2階はもみじまんじゅうの手焼き体験!!
3階は杓子づくり!!
・・・っと宮島を代表する産業の体験併用施設と生まれ変わりました。

ギャラリースペースには古くから受け継がれた伝統工芸士の作品の数々が展示してあります。
shop部分には宮島細工協同組合の組合員さんの品物がづらり・・・
どれも、大量生産はできない手づくりにこだわったものばかりです。
また、数少ない伝統工芸士や作家の作品を1度に見て購入できるのも、この施設の特徴です。
宮島伝統産業会館を拠点にものづくりの発信の場になって欲しいと願います。
まだまだ、見どころ満載なのでこれからも色々な角度からご紹介していきま〜すヾ(@゚▽゚@)ノ

ブログ
みやじまロハス倶楽部はここをクリック
宮島について知りたいことがありましたら、できるだけの情報はお知らせしますので
下記をクリックして、問合せ下さい
メールアドレス
雑学として
宮島の祭神イチキシマノヒメノミコト(市杵島姫命=市岐島姫命=伊都岐島大神)はスサノオの御子で宗像三神の一人でもあり天孫の命の先導役として満貫の神であり、
厳島(宮神嶋) に天降り給うということは宮島の追記で述べてある。
そしてなぜ、宗像から宮島に来たかということはあまり知られていない。
そこで広島県豊田郡大崎島(おおさきじま)に残る昔話をご紹介します。
イチキシマノヒメノミコトには、二歳の子供がありました。
大変かわいい子供だったそうです。ところが突然神隠しにあったかのように姿を隠されたといいます。
どこにいったのか、はたまた、さらわれたのかも解らなかったようです。姫はあらゆる手段をもってさがしましたが、ついに見つかりませんでした。
そうするうちに、姫は元気がなくなり、鬱状態になって、キジがケーンと鳴く声が特にいやになりました。
このような経緯で、住み慣れた所を離れて、別の場所で生活したいと思うようになりました。
そして、どこかに平和で暮らせるところがあるはずだという気持ちになって、海路、瀬戸内に入られて、きれいな島があると上陸して生活するわけですが、
不吉な事が重なり、また、別のきれいな島に移るという生活でした。
そうするうちに、大崎島の神峯山(しんぽうざん・かんのみね)が見えましたので、上陸してその山に登ろうとしました。
近くに木江港(きのえこう)があるので、そこから上陸しようとしましたが、木々がじゃまして登れそうも無い事が解り、北西に進路を変え、
矢弓(やゆみ)の加組の鼻(かくみのはな)で休憩していると、大崎町中野の住民が海に鳥居を立てて、姫の来られるのを待っていました。
そして、中野から上陸して神峯山に登ると大変きれいだったので、この地に鎮座すべきとして見とれていると、
一羽のキジが飛んできて姫の頭に糞をして去っていきました。
前からキジに対して良く思っていなかったのにもまして、糞をかけられて、体が穢れてしまっことで、この地を離れてしまったのです。
そして、大串の外浜(とばま)に到着し、各地を回っていると眼前に宮島が見えたといいます。
嘉永元年の絵図

山頂付近にも建物・鳥居の様子がある
山下英司さんより毘沙門天の再現もされています
山下さんのホームページはここをクリック
山下さんは、古い建物や厳島絵図などの資料を調べて、弥山山頂付近の今は無くなった建物の再現を
CGという手法で再現をしておられます。
HPを覗いていただくと、多くの資料がありますので覗いてみてください。

宮島MAP
このマップは、桟橋の中にある観光案内所で無料配布されています。


宮島 カシミール 頂上から見る山々の説明がわかりやすいHP
ほかのHPから見つけました
現在、大聖院ルートは土砂災害復旧工事のため不通になっています。
一般の方は、もみじ谷ルート、大元ルート、ロープウェーを利用して弥山頂上へ
行くことが出来ます。
ほかにも獣道は数本ありますが、装備のない方は、とても無理です。
また、行政も認めていない道なので、標識等もありません。

古い資料から どこでしょうか?

多々良探検隊の様子
広大の古瀬教授と一緒に、海岸を捜索。
九州から来たと思われる、土器も見つけました。
と言っても、先生が話されるだけで、私には識別は出来ませんでした。
是非、調査の時は、参加させてくださいとお願いしています。

多々良の山中にあった、煙突のようなもの。

煙突状のものとはと地下でつながっています
この下は、かまどのようになっていました。
付近には、石垣や生活のためと思われる、かまど・貝殻が散乱していました。


賽の河原(大聖院コース)

弥山山頂 仁王門

旧三鬼堂 旧毘沙門堂

旧弥山本堂
長い間、倒れて放置されていた標識がちゃんと、立っていました。
もみじ谷ルートの随所には、整備された跡がありました。
ボランティアの皆様、ご苦労様でした。

ちょっと、気になるのは観光客の捨てたごみが見かけられるようになりました。
見つけた方は、拾って持ち帰りましょう。
16日は日曜日、多くの観光客が弥山を目指していました。
霊火堂も多くの方が来られれ、お参りをしていました。
相変わらず、外国の観光客が多く
感激をされていました。
英文ガイドMAPを持って、大元ルートを登って来たオーストラリアの若者に会いました。
MAPを大変喜んでいました。
日本語の「弥山」MAPも好評。
みなさん、楽しんでいる姿を見てうれしくなりました。
今年は、例年になく弥山へ登る方が多く。
宮島の観光スタイルも大きく変貌をしたようです。
この時期、風が強くなることが多く
十分な装備で登られることをお勧めします。
強風になると、ロイープウェーの運休になります。
スニーカーは必需品
そして、日没が早いので、遅い登山には懐中電灯が必要です。
5時には山は暗くなっています。
ロープウェーの最終便の時間もよく確認をしてください。
2007年12月02日
これは何でしょうか?
古代文字なのか?ただの計測用の印か?
弥山本堂、曼荼羅岩の上にあります。
今は、マムシがいるかも?

山辺さんのブログより
内侍岩の悲恋物語
10月半ば宮島の下室浜近くにある内侍岩を訪れた。
高さが約5mの花崗岩の巨石である。
内侍岩は平安時代末期の悲しい恋物語の舞台になった場所である。

徳大寺左大将実定卿(藤原定家の従兄弟)がまだ大納言だった頃、
平家の全盛期に遭遇し、実定の昇進願望は必ずしも満たされることがなく、
その不遇期間を和歌の道に没入することになった。
「ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞ残れる」
その歌は百人一首に入っている。
そんな中実定は厳島へと下向、内侍と呼ばれる厳島の巫女たちが歓迎する。
実定卿の御参篭の予定は七日間だが、その間内侍たちは今様や琵琶、琴などで実定卿を慰めた。
その中に十六、七歳の有子内侍に目がとまり、
「山の端に契りて出でん夜半の月 巡り逢うべき折を知らねど」と歌を詠み実家の思いを伝えている。
実家卿が都へ帰るときに有子内侍はこの岩に立ち、舟が見えなくなるまで別れを惜しんだと言い伝えられている。
後世、この岩は内侍岩と呼ばれるようになったのである。
その後、有子内侍は日ごとに恋しさが募り、焼きつくような恋情を抑えきれずに、琵琶を携えて、都へ向かう船に飛び乗り後を追うのである。
しかし、実定卿は徳大寺左大将、一方わが身は厳島神社の名もない巫女である。
及ばぬ恋と知り、終に津の国住吉の澪つくしの沖にして更け行く夜半の月に向って
「はかなしや波の下にも入りぬべし 月の都の人や見るとて」
と詠み身を投げ17歳の短い命を絶ったという。悲しい話ですね。
岩の上に立って手を振る有子内侍の姿が見えますか?
どうやって登ったのでしょうね??
ブログから見つけました
右の写真が、2007年9月22日現在



岩惣と記載しています
大正末期から昭和初期に発行された絵葉書のようです
危惧 あるブログより

宮島弥山(みせん)へと出かけた。
宮島は全島の殆どがもろい花崗岩で出来ており、山頂付近に巨石がむき出し状態になっている。
木々は懸命に根を下ろすが花崗岩の山肌は雨が降ると流される。
根は岩を取り巻き、しがみついて必死に生きている。
花崗岩は根の力で押し潰されて砂岩と化し、弱い山肌を作り、土石流の原因となる。
ふと目をやった登山道の倒木に新しく芽生えた一本の植物を見つけた。
これらの芽吹いた苗木が弥山の森の一員に生長するのはとても大変なように思える。
1昨年の台風で大聖院から登る登山コースで土石流が発生し、貴重な植物や旧跡が流された。
現在、登山道の整備と大聖院の散策路が公園として生まれ変わる工事が行われている。
しかし、土石流に対する十分な対策は施されていないと聞く。
宮島獅子岩駅にある、古代文字 ペトログラフについて
ペトログラフ
災害前の滝不動堂

宮島弥山倶楽部メンバー情報
会員報告 BY yamashita
7月16日、宮島の入浜、腰細海岸に比較写真撮影の為、訪れて来ました。 青海苔海岸まで行く予定でしたが、あいにくの雷雨で断念しました。 従って、青海苔海岸の比較カラー写真は現在の風景ではなく、昨年の2月撮影のものです。

入浜の風景写真で、昭和43年夏の撮影。 海岸に沿って松林が続いていた事が解ります。 船も殆どが木造、FRP船は滅多にお目にかかれない時代でした。 林の中にテントが建てられておりキャンプ客が訪れています。 手前に見えるカキ筏は台風で漂着したものでしょうか、記憶が定かではありません。

入浜に鎮座する鷹ノ巣浦神社で撮影日は昭和43年の夏、39年前の姿になります。
神社の右後方には夏季限定の売店が見えています。
松林の中に鎮座していた様子が良く解り、現在の姿からは想像がつきません。

腰細浦にある著名な陸繋島の写真で昭和43年の夏。
あまりの変わり様に驚きます。海岸線が別物に変化しています。
たかだか40年間で、この変化は何としたものでしょうか。
昭和の写真、手前の倒木は台風の影響かどうか、疑問に思っています。

腰細浦の陸繋島から振り返ってみた海岸線。
あまりに地形が変化している為、正確な撮影地点は特定出来ません。
撮影日時はこれまでの写真と違って、昭和43年春。砂浜が侵食されて松が倒れている様に見えます。
尚、この写真と青海苔海岸の2枚は宮島一周をした時の記念写真で、中央に私達が写っており、
個人情報の見地から解らないように消していますので、少しばかり正確性を欠いています。

同じく昭和43年夏に撮影した腰細浦神社です。
こちらも松林の中に鎮座していた姿を確認でき、現在の神社が砂浜に孤立しているのとは、雲泥の差があります。
位置が変えられているのかなとも、思ってしまいます。

青海苔海岸。
岩場までの撮影距離が違っていますので、砂浜の変化が把握しづらいのですが、
岩場の松林が消失している事だけは確認できます。
この度、宮島観光大使にとの推薦を頂き
お受けすることにしました。
柄ではないのですが、宮島弥山倶楽部の活動に弾みがつけばと思います。
上綱克彦さんも、同時に宮島観光大使になられました。
作っていただいた名刺です。


弥山の標高変更について、ここをクリック
miyajima 弥山と関わりのある神峰山のある大崎上島
大崎上島の民話
「宮島さん」の話
現在日本三景の一つである厳島神社は,またの名を宮島大明神といって世の人々に親しまれていますが,このようなお話が残っています。この宮島さんの祭り神の一人である「市杵島姫命」にはその昔,二歳になるお子様がおりました。
それはそれはかわいらしいお子様で姫のかわいがりようは,目に入れても痛くないほどのものだったといいます。
ところがある日大変なことが起こりました。
姫のかわいがっておられたこのお子様が突然姿をかくしてしまったのです。
どこへ行かれたものか,誰も連れ去ったものか,さっぱり見当がつきません。
姫は大層嘆き悲しんであちらこちらと,あらん限りの力を絞ってお探しになりましたが,その努力のかいもなく,とうとうお子様を見つけることはできませんでした。
さて,それからというもの,姫はすっかり元気をなくしてしまわれました。
毎日毎日,遠くを眺めては,ほっとため息をつくばかり。
また,どういうわけか雉の鳴き声を聞くと,身にしみて耐えがたいといわれるようになりました。
そして今まで住んでおられた土地を離れ,どこか平和で美しい安住のできる土地を求めて遍歴の旅に出られたのです。
瀬戸内海に浮かぶ美しい島をながめながら船を進めていくうちに,やがて姫は大崎島の神の峯を見つけられました。
まず,木江浦に寄られて上陸してみたものの,山道は険しく木がおい茂り,とても登っていけそうにありません。
そこで,船を北西に廻して矢弓の加組の鼻でひと休みしていると,大崎の大西ではみんなで海に鳥居を作って,姫のこられるのを歓迎しているのが見えました。
さっそく姫は,その方に向かって船を進め神の峯に登ってごらんになると,そこからの眺めはまた一段と素晴らしいものではありませんか。
姫はこの地こそ安住の地であると思われ,沖の小島に見とれておりました。
ところがそのときです。
一羽の雉がどこからともなく飛んでいると,姫の頭上で糞をして逃げていってしまったのです。
姫は,日頃から雉を心よく思われていなかっただけに,この出来事を大層気にかけられて,とうとう神の峯を立ち去って行かれたといいます。
そしてその後,大串の外浜で船に乗られ他の地を求めて,西へと船を進めていくうちにやっと理想的な安住の地を見つけられました。
それが今の宮島であると伝えられています。
ブログ
西日本タイムス
厳島合戦の事実
厳島の戦い
何を惜しみ 何を憎まん 元よりも この有様の 定まれる身に
陶晴賢の辞世の句

写真は山辺さん提供
厳島
宮島・弥山の巨石群
ペトログラフについて分かります
ここもクリック
巨石ミステリー
新聞連載になっていた内容が、総集編で出ています。
神宿る 宮島の素顔 中国新聞社
HPで紹介されています。ここをクリック
喜太郎のインタビュー 四国遍路
徐福伝説ここをクリックください
今から2200年前,日本が縄文時代から弥生時代へと変わろうとしていたとき,秦の時代の中国に徐福(じょふく)という人物がいました。実は徐福は長い間中国でも伝説上の人物でした。しかし,1982年,江蘇省において徐福が住んでいたと伝わる徐阜村(徐福村)が存在することがわかり,実在した人物だとされています。そして,徐阜村には石碑が建てられました。驚くことに,その村には現在も徐福の子孫が住んでいます。代々,先祖の徐福について語り継がれてきたそうです。大切に保存されていた系図には徐福が不老不死の薬を求めて東方に行って帰ってこなかったことが書かれていました。
14日の中国新聞に徐福の話がありましたので
徐福はどこの人?
ジョセフがなまったのでは?ペルシャ系ではないかと説もあるとか?
日本には既存の歴史観を覆す超古代の遺跡が
いくつも眠っています。遥か数万年前にも遡る、日本ピラミッド
と巨石文化の痕跡と息づかいを、見て、触ってそして感動した、その探訪記録
をお届けします。写真とサウンドでお楽しみ下さい。…それでは一緒に超古代を探訪いたしましょう。
ここをクリック

ここをクリック
吉田 清神社の境内
亀甲積み
宮島の亀甲と何か関係があるのでしょうか?

紹介文
整層樵石積み(亀甲積み)
広島県安芸高田市吉田町 清ノ社社壇
名石工を多く出した山陽地方の社寺や旧家の石垣には、こうした模範的な亀甲積みがさいさい見かけられる。数十年からニ、三百年を経ながら微動だにしていない。
ちなみに
亀甲積
鶴目積(俵口積)
山目打込積
布築伐合
曲尺(金)場取残積
四方伐合積
野面積
鏡積
半鶴半伐合
の種類があるようだ
詳しくは、皆さんで調べてください。
資料は、事務局で頂いてきました。
機会がありましたら、紹介します。

いろいろ便利な情報があります
宮島観光公式サイト

大山祇神社・安神山・鷲ケ頭山
イワクラ(盤座)本巡り 大鳥居の見える場所 随筆集002:超古代技術1:巨石運搬
徐福渡来伝承とリンク秀JOFUKU 神々の宴 求道者 岩
宮島
日本の神一覧
日本の神話 古代天皇一覧表
神武東征
魏志倭人伝の語る日本
魏志倭人伝(全文)
仏教 日本仏教
陶晴賢の墓は、陶晴賢のはかではなかった???
地御前神社について
神話と古代史
除福伝説
古代編
浦島物語の起源は?
ホツマツタエ
いろいろなアジアの文字
「風姿」の古代思考
年表で見る「厳島の合戦」
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